海外発のムーブメントで、日本でも再評価されている「シティ・ポップ」

2020.09.12馬飼野元宏

ここ数年、日本の音楽シーンを語る上で、頻繁に飛び交う「シティ・ポップ」という言葉。主に1970年代から80年代にかけての、都会的で洗練された日本の音楽を指しているが、ここまで人気が高まった背景には、まず2017年に竹内まりやの84年作「プラスティック・ラブ」のYouTube動画がおよそ2400万回を超える再生回数を記録し、海外リスナーのコメントが多数集まったこと。また、同年8月にテレビ東京のバラエティー番組『Youは何しに日本へ?』で、アメリカ人の青年が大貫妙子の77年作『SUNSHOWER』のアナログ盤を探しに来日し、新宿のレコード店で発見するまでを描いた内容が話題になったことも大きい。

この2つの現象からもお分かりの通り、現在トレンドとなっている「シティ・ポップ」は、外国発のムーブメントであった。ヴェイパーウェイヴ(WEB上の音楽コミュニティーから生まれた音楽ジャンルで、過去に大量生産・消費され忘れ去られたものへの郷愁や消費資本主義への批評などを目的に、商業音楽をサンプリングしエフェクトを重ねていく)の流行も大きく影響しているとされる。今更ながらではあるが、インターネットの普及により、音楽に限らずどの時代のカルチャーやエンターテインメントも、世界的に、また世代的に並列に楽しめるようになったことが、現在のシティ・ポップ人気の主要因だ。一部の積極的な音楽ファンを除き、多くの日本人が「過去のもの」としてきたジャンルを外国人が再発見したのである。現在では一般カルチャー誌や地上波テレビ番組でもシティ・ポップ特集が組まれるほどの大人気ジャンルとなってしまった。

シティ・ポップと呼ばれる音楽が膨大な市場を形成していたのは、主に80年代であるが、この時期はマルチトラック・レコーダーの多トラック化を筆頭に録音機材やエフェクターの進化、デジタル・リヴァ―ヴの登場、そして音源のデジタル化など、レコーディング環境がダイナミックに進化を遂げた時期でもある。簡単にいえば「心地いい、贅沢なサウンド」が作られるようになったのである。

ではシティ・ポップの定義は、というと実のところ曖昧なものがある。例えばここ2年にわたって頻繁にシティ・ポップを特集している老舗の音楽専門誌『レコード・コレクターズ』(ミュージック・マガジン)では、選者によってシティ・ポップの楽曲選出は千差万別だが、基本線は山下達郎、吉田美奈子、大貫妙子、南佳孝といった、はっぴいえんどの後輩アーティストが主軸。だが、選定基準としてはオールディーズなどのルーツ音楽から引用されたもの(大滝詠一など)はシティ・ポップか? 洗練されたコード進行はマストなのか? など、喧々囂々(けんけんごうごう)である。この頃からSNS上でもシティ・ポップとは「単にニュー・ミュージックのことじゃないか」という意見まで出てきてしまい、さらには同時代に活躍していたアイドル・ポップスの作品をこの範疇に入れるかどうかでも議論百出。ちなみに同誌では18年9月号で「シティ・ポップ アイドル/俳優編」まで特集しており、結論は出ていない。というか、結論など永遠に出ないような気もするが…。

また、シティ・ポップをどう捉えるか。このジャンルが最も隆盛を極めた80年代をリアルタイムで通過してきた世代と、まさにこの時代に「再発見」した若い世代では、シティ・ポップの捉え方に大きな違いがある。

その若い世代のシティ・ポップ観を代表するのが、NIGHT TEMPO。韓国人DJ、音楽プロデューサーとして活躍、ここ10年ほどの間は、前述のヴェイパーウェイヴでの活動や、フューチャー・ファンクといった新たな音楽観の提示を行っており、竹内まりやの「PLASTIC LOVE」のリエディットで一躍脚光を浴び、ここ数年の「海外のシティ・ポップ」ブームの立役者となったことはご存じの通り。1986オメガトライブ、杏里、Winkといったアーティストの楽曲を「昭和グルーヴ」の名のもと、リエディットする活動でもその名を知らしめた。

 NIGHT TEMPOは海外でもDJとして活動しているが、そこの現場の肌感覚と、現在日本で支持されているシティ・ポップの楽曲にはだいぶ開きがあるという。彼自身も例えば山下達郎でいうなら「SPARKLE」よりは「いつか」、竹内まりやなら、中森明菜に提供した「OH NO,OH YES」を挙げている。そして彼が音楽を作るきっかけともなった角松敏生には強い影響を受けたとも語る。角松プロデュースにより、シティ・ポップ的な音作りに変貌した杏里の諸作、主に「Bi・Ki・Ni」「Timely!」あたりの作品もよく話題にのぼる。またシティ・ポップを意識するきっかけとなった中山美穂もやはり、角松プロデュースの作品を挙げているのだ。

そして、Winkのようなバキバキの打ち込みモノは、サウンド面において、リアルタイマーのリスナーは、シティ・ポップの範疇に入れず回避する傾向が強いが、彼女らやBabeのような和製ユーロビートも、若い世代はシティ・ポップとして取り上げているのが面白い。ネット世代が選ぶシティ・ポップの基準の1つには、ビートがあって、ノレること、というのがありそうだ。ここ最近では、前述の「昭和グルーヴ」のシリーズに、斉藤由貴や工藤静香まで加わっている。もちろん、海外のフロアでのシティ・ポップの現場感覚から来ているものであり、やはり「リアルタイムを知らない」からこそ、発見できるものでもある。

(文=馬飼野元宏)

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馬飼野元宏

音楽ライター。『レコード・コレクターズ』誌などのほかCDライナーに寄稿多数。主な監修書に『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド』『昭和歌謡職業作曲家ガイド』(ともにシンコーミュージック)など。近刊に、構成を担当した『ヒット曲の料理人・編曲家 萩田光雄の時代』『同 編曲家 船山基紀の時代』(ともにリットーミュージック)がある。歌謡ポップスチャンネル『しゃべくりDJ ミュージックアワー!』ではコメンテーターを担当した。

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