布施明――賑やかだった1970年代音楽界の象徴。

2020.09.14スージー鈴木

1970年のNHK『紅白歌合戦』、私はまだ4歳。年を取ってから、大の紅白好きとなる私も、リアルタイムではさすがに見ていない。ただ、後に紅白好きとして読んだいくつかの資料において、このときの『愛は不死鳥』を歌った布施明は、まさに伝説として語られている。

いかにも1970年的な、過剰にドラマティックな曲調に乗って、23歳の若き布施明が歌う。伝説となったのは曲の中盤だ。真っ白な衣装の布施明が両手を高く広げると、その両手の袖にぶらさがっていたのは、エルビス・プレスリー風の長いフリンジ。

この真っ白なフリンジによって、1970年紅白の布施明が伝説と化したのである。それは、当時の日本人が、まだ生で見たこともなかった美しさ。まさに不死鳥の如く――。

1974年の『積木の部屋』はテレビで見た記憶がある。NET(現・テレビ朝日)の『ベスト30歌謡曲』だったと思う。記憶の中の布施明は、基本ずっと長髪なのだが、このころの布施は特に長い髪だったと思う。

ブラウン管の中の『積木の部屋』は「ザ・歌謡曲」という感じ。ゴージャスなアレンジの中、布施明が朗々と(という言葉がまさにぴったりな感じで)歌い上げる。作曲は川口真で、彼が5年前に手掛けた弘田三枝子『人形の家』にも通じる三連バラード。

しかし、今あらためて歌詞を見ると、「♪西日だけが入る せまい部屋」「♪君に出来ることは ボタン付けとそうじ」など、カップルが同棲するアパートが舞台になっており、その意味でこの曲は、同年の野口五郎『甘い生活』などとならぶ「同棲歌謡」であり、また、同棲カップルを描くという点において、当時大流行していたフォークソングへの接近だったことが分かる。

『積木の部屋』からの流れを受けて、フォークソングに布施明が、いよいよ本格的に取り組むのが、彼の音楽生活を代表する一曲であり、1975年のレコード大賞に輝いた『シクラメンのかほり』である。作詞・作曲は小椋佳。

記憶はいよいよハッキリとしてくる。小学3年生の大晦日放送、TBS『輝く!日本レコード大賞』で、異常に前髪の長い布施明が、フォークギターを弾きながらこの曲を熱唱している姿を、確実に憶えている。

驚くべきは1970年の大晦日、フリンジ付きの衣装で、過剰にショーアップされた世界を演じ、日本中をあっと言わせた布施明が、たった5年後=1975年の大晦日には、フォークという、当時の若者の(少々しみったれた)生活を歌っているという豹変ぶりである。

ただ、このあたりについては、布施明本人よりも、布施が所属していた渡辺プロダクション(ナベプロ)の考えも強く影響したのではないだろうか。

1970年代前半に、主に吉田拓郎と井上陽水を中心として大ブームとなった、戦後生まれ世代による自作自演音楽=フォークソング。特に井上陽水のアルバム『氷の世界』は、日本レコード史上初のミリオンセールス(100万枚)を獲得。この事実が、当時の歌謡界を牛耳っていたナベプロを、おびやかさなかったはずがない。

とはいえ、機を見るに敏なナベプロは、フォークブームの取り込みにかかる。象徴的なのは、『シクラメンのかほり』の前年にレコード大賞を獲得した『襟裳岬』である。歌うは、こちらもナベプロの森進一で、作曲は吉田拓郎。

また『シクラメンのかほり』と同年に、ナベプロを代表するシンガーだった沢田研二が『時の過ぎゆくままに』をリリースするのだが、こちらも吉田拓郎風の完全なフォークタッチ。そんな流れの中に『シクラメンのかほり』もあったことになる。

布施明の70年代を締めくくるのは、1979年の『君は薔薇より美しい』だ。私は中学1年生になっている。もういっぱしの音楽通を気取って、あらゆる音楽を能動的に摂取しまくっていた。

ここでの布施明はニューミュージック界に飛び込んでいる。飛び込みをサポートしたのは、1979年ニューミュージック界のど真ん中に君臨する、ゴダイゴのミッキー吉野だ。『君は薔薇より美しい』の作・編曲を手掛けている。

曲の妙味を挙げれば、若干専門的な話になるが、ディミニッシュ(dim)というコードの使い方である。歌い出し「♪息を切らしー」の「し」のところの響き。あのハイカラなコードの響きこそが「ザ・ミッキー吉野・ワークス」である。また、サビの最後「♪変わったー」の殺人的高音(上のAの音)は、日本が誇るテノール、布施明の真骨頂だ。

65年の洋楽ポップスでのデビュー以来、70年代の布施明は歌謡曲に始まり、フォークソングを経由して、最後にニューミュージックに至る――まさに日本の音楽界の変化に飛び込み続けた歴史だった。

日本の音楽界の激動、さらにはその背景にある洋楽界の激動による賑やかな変化を、真正面から受け止め、そして歌いきった布施明。「1970年代の布施明」は、そっくりそのまま「1970年代の音楽界」だったと思う。

そして今でも現役として輝き続ける。1970年紅白での『愛は不死鳥』から半世紀。布施明という人は、本当に不死鳥なのかもしれない。

(文=スージー鈴木)

【布施明近況】
今年でデビュー55周年を迎える布施明。それを記念して「AKIRA FUSE 55th ANNIVERSARY LIVE TOUR~陽はまた君を照らすよ~」を開催中。が、新型コロナウィルス感染拡大の影響により一部公演は中止、および日程変更が行われている。詳細は下記の公式ホームページでチェックしてみよう。
http://www.fuse-akira.com/info.html

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スージー鈴木

1966年11月26日生まれ、大阪府出身。音楽評論家にして、野球評論家でもある稀有な存在。大学在学中に“スージー鈴木”名義でラジオデビュー。その後もラジオ出演や執筆活動を精力的にこなす。著作に『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮社)、『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲の解放区』(KADOKAWA)、『80年代音楽解体新書』(彩流社)など多数。BS放送『ザ・カセットテープ・ミュージック』(BS12 トゥエルビ)にレギュラー出演中。千葉ロッテマリーンズの熱烈なファンとしても知られている。 

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