1990年代以降の「筒美京平×松本隆」について

2021.10.14スージー鈴木

歌謡ポップスチャンネル、1031日放送の『飯尾和樹とコムアイの音楽クエスト』は「筒美京平×松本隆特集」。この「筒美京平×松本隆」という組み合わせを見て、心が沸き立つのは、私と同じ50代前後の方々だろう。

太田裕美『木綿のハンカチーフ』(1975年)、近藤真彦『スニーカーぶる~す』(1980年)、斉藤由貴『卒業』(1985年)などなど。これらは氷山の一角、の中の一角。「筒美京平×松本隆」というゴールデンコンビが、あの時代に紡ぎ出した、輝かしく美しい名曲の数々。

このコンビの手による楽曲が、果たして何曲あるのだろうか。「松本隆作詞活動50周年トリビュートアルバム『風街に連れてって!』公式サイト」の中にある「松本隆作詞楽曲リスト」のデータをエクセルに乗せて、作曲家の名前でソートをかけてみる。

まず、松本隆の作品は全部で「2136曲」。その中で「筒美京平×松本隆」の作品は「390曲」。割合にして18.2%。つまり、松本隆全作品の2割弱が筒美京平とのコラボレーションだったことになる。

ここで注目したいのは、それら作品の発売年である。先に「あの時代に紡ぎ出した」とボカしたが、「あの時代」を具体的に定義すれば、やはり7080年代ということになる。それでは90年代以降に、このコンビが生み出した曲は何曲なのか。

――答え、31曲。たった「31曲」。

Jポップ、バンドブーム、コムロ系、渋谷系、エイベックス……90年代以降、職業作詞家と職業作曲家に対して、アゲインストな風が吹き荒れ始めた。コンパクトディスク(CD)の爆発的普及を背景とした「Jポップ」とは、自作自演中心、もしくは、小室哲哉などの強力なプロデューサー主導の音楽で、職業作家の入り込む余地は、だんだんと狭くなった。

しかし私は、90年代以降の「筒美京平×松本隆」が生み出した、いくつかの作品を偏愛する者である。というわけで今回は、「1990年代以降の筒美京平×松本隆」が生み出した名曲3曲を取り上げて、愛(め)でてみたいと思う。

まずは19918月発売の西田ひかる『ときめいて』。’91年といえば、もうJポップへの流れが生まれていて、逆に言えば「アイドル氷河期」という感じの時代。そんな中で孤軍奮闘したのが、西田ひかるであり、この『ときめいて』だ。

曲の印象を一言で言えば――「ど真ん中ポップス」。もし発売が5年ほど早ければ、さらには、もし発売が「アイドル全盛期」だった’82年だったら、とてつもない大ヒットになったのではないか。

西田ひかる自身が主演したTBSドラマ『デパート!夏物語』の主題歌。この曲で西田は『NHK紅白歌合戦』に出場し、すでに音楽シーンの重心から少しずつずれ始めていた「ど真ん中ポップス」を堂々と歌いきった。

あれからちょうど30年、この曲の真価は、今こそニュートラルに評価されるべきだと思う。「筒美京平×松本隆」が、「CDバブル」「Jポップ・バブル」に向かっていく音楽シーンに叩き付けた挑戦状としての「ど真ん中ポップス」の真価を。

200112月、「コムロ系」「渋谷系」「CDバブル」などなど、大騒ぎの90年代が終わり、音楽シーンが混沌としてきた折にリリースされたのが、「筒美京平×松本隆」屈指の隠れた名曲=藤井隆『絶望グッドバイ』。

曲調は、同じく「筒美京平×松本隆」による中原理恵『東京ららばい』(1978年)を想起させる。また、松本隆の最大のヒットであるKinKi Kids『硝子の少年』(1997年、作曲は山下達郎)の香りもうっすらと匂う。

注目するのは松本隆の歌詞だ。「♪深夜までカラオケでねばったね あんなに綺麗にハモって歌えたのに」と、2001年的な風景をしのばせて時代と握手しながら、次に来るフレーズで、オールドファンを唸らせる。

――♪ぼくのズック靴 いつも躓(つまづ)く

「ズック」――これは松本隆が作詞した原田真二『てぃーんずぶるーす』(1977年)にある「僕のズックはびしょぬれ」の「ズック」だ。このように、やや古めかしい単語を入れて、遠近法的に時代を行き来させる歌詞作りにおいて、松本隆の右に出る者はいない。

そして、『絶望グッドバイ』と同じく「筒美京平×松本隆」に編曲:本間昭光を加えたトリオが生んだ、1990年代以降のゴールデンコンビによる最高傑作が、中川翔子『綺麗ア・ラ・モード』(2008年)である。

この曲の名曲性については、私がいくつかのメディアや、1020日発売、私が選曲したコンピレーションCD『筒美京平マイ・コレクション スージー鈴木編』のライナーで語っているので、ぜひ参照されたい(買ってください)。1点だけ示せば、サビに行くところ=「♪(優しく髪に)触・れ・る」の音使いは、当時、御年68歳のマエストロ=筒美京平による業(わざ)の極致、神業だ。

3曲、3人選んで気が付いた。西田ひかる、藤井隆、中川翔子。歌手というより、タレントというより、「ポップアイコン」だ。歌謡曲が退潮し、職業作家が場を追われても、ポップアイコンは「筒美京平×松本隆」を必要とする。このゴールデンコンビによって、ポップアイコンは、さらにポップに輝く。

そして、2020107日、筒美京平永眠。90年代以降に「筒美京平×松本隆」が生み出した曲、計31曲――この「31」という数字は、もう永遠に増えることはない。

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スージー鈴木

1966年11月26日生まれ、大阪府出身。音楽評論家にして、野球評論家でもある稀有な存在。大学在学中に“スージー鈴木”名義でラジオデビュー。その後もラジオ出演や執筆活動を精力的にこなす。著作に『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮社)、『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲の解放区』(KADOKAWA)、『80年代音楽解体新書』(彩流社)など多数。千葉ロッテマリーンズの熱烈なファンとしても知られている。

筒美京平

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