アーティストとファンが一体となった、及川光博伝説のライブ

2021.05.06馬飼野元宏

ミッチ―の愛称で親しまれ、アーティストでありつつ俳優業でも高い評価を受けている及川光博。ことに2009年から2012年まで出演した『相棒』では水谷豊のバディー役として出演、中高年層にもその個性は浸透し、俳優としての実力を世に知らしめた。

演技者としての活躍めざましい及川だが、その一方でミュージシャンとしても積極的な活動を繰り広げ、拘束時間の長い連ドラ出演によって多忙であっても、毎年、ライブツアーは欠かさず行い、熱狂的なファンを獲得している。シンガーと俳優の兼業という点では、福山雅治や星野源らと並び、どちらの活動でも並行して成功をおさめている数少ないアーティストなのだ。

及川光博は舞台演劇の俳優としてキャリアをスタートさせているが、同時にバンド活動も始め、96年に「モラリティー」で歌手デビューを果たす。最初からシンガーと俳優の兼業であった。

特に、音楽ファンの度肝を抜いたのは、ファースト・アルバム『理想論』で、セミヌードのジャケットを披露したこと。とにかく表現者としての「やりたいこと」が溢れ出た、高密度かつバラエティーに富んだその音楽性は、最初、戸惑いを持って受け止められた。プリンス流儀のファンク・ナンバーから、声色を使い分け多重録音で独り芝居を演じた「宇宙人デス。」、アイドル・ポップスのような「テイク・マイ・ハート」など、その多面的な面白さを最初から持ち併せていたのである。自身の表現したい世界に合わせ、音楽性にこだわることなく幅広いジャンルを取り入れていく貪欲性が、アーティスト及川光博の魅力なのだ。

及川の音楽のベースには、ロック的なビートを内包したファンク・ミュージックがある。これが開花したのが98年発表のセカンド・アルバム『嘘とロマン』で、どファンキーな「三日月姫」、エロティックな視線とギター・ロックを両立させた「その術を僕は知らない」など初期の代表作はここに収録されており、デビュー作のやや自己完結気味な世界から、広く羽ばたこうとする及川のポップ・センスが全開した傑作だった。これを発展させたのが、最高傑作と名高い2001年の『聖域~サンクチュアリ~』で、ここでは筒美京平や田島貴男とのコラボレーションを実現させ、むしろ他者の制作による客観視点を取り入れることで、自作曲はかなり自身の本音に迫る部分が増えている。キャラクターの強さで語られることの多かったミッチーの「人間・及川光博」の部分を描き出したのである。02年の『流星』は、忌野清志郎とのユニット「強烈ロマンス」やコレクターズの加藤ひさし作曲の「ベストフレンド」などと、ムード歌謡的作風の「セルロイドの夜」が共存するユニークなアルバムで、この時点でミッチーは「もはや何でもあり」の唯一無二のアーティスト・表現者へと成長した。

彼の音楽性の多彩さを表現できる最高のパフォーマンスがライブであることは言うまでもない。及川はファン以外からも「ミッチー」と呼ばれ親しまれるキャラクターであることは最初に述べたが、及川自身もファンの女性を「ベイベー」と、男性ファンは「男子」と呼び、ファンを大切にすることでも有名である。そして、王子様キャラでありながら、男性ファンが意外に多いのは、彼のライブの凄さがクチコミで伝わるようになってからである。

それを証明するステージが、97年8月29日に、お台場レインボーステージで行われた野外ライブ『踊っていただけますか?』だ。かなり初期のライブだが、冒頭いきなりフリルのついたヒラヒラのブラウスに、ピタッとしたパンツ姿で登場し、途中ではスケ感のある白いシャツが汗でピタッと張り付き、得も言われぬセクシーな姿を披露するのだからたまらない。そこで繰り広げられる楽曲の数々は、CDで聴くよりもさらにハードに増幅したビート感と、ホーンセクションを組み込んだダイナミックでファンキーなサウンドである。「モラリティー」や「三日月姫」でのグルーブしまくるベースラインと分厚い管楽器の音圧、「悲しみロケット2号」でのギンギンのギター・サウンド。それに負けない及川のしなやかでバネのあるボーカルが混然一体となって、華やかな異世界を作り出していく。

及川光博のライブの魅力は、「ミッチー」という個性的なキャラクターを存分に演出に生かしている点だ。後半で「ゲストを紹介します!」と叫んで登場したのは、まるで郷ひろみか田原俊彦か、というぐらいに派手派手の王子ルックに身を包んだミッチーの別キャラの1つ、「花椿蘭丸」。キャラはもちろんだがその声色まで使い分け、チアガールをバックに歌い踊るのだ。

俳優が役柄によってキャラクターや演技を使い分けるのは当然のことだが、これを音楽でも体現している点が及川光博の凄さである。それは、別に役者としての活動をアーティストの舞台に持ち込んだのではなく、ミッチーというキャラクターが最初から内包している多面性なのだ。この『踊ってくれませんか?』のステージでも、楽曲によってデビッド・ボウイや70年代の沢田研二のようなグラム・ロックのスターにも見えたり、ジャニーズ・アイドルのようにも見えたりと変幻自在。それは彼の強靭なボーカル力あって、はじめて可能なのである。そのパフォーマンスは最初から最後までパワフル、そして徹底してポジティブ。シャープな小顔と切れ長の目から時折投げかける流し目、ウィンク、そして投げキッス。スリムなボディーから放たれる軽やかなダンスのキレも素晴らしく、どれだけド派手な演出を施そうが、本人の派手さにかなうものはないのだ。

ミッチ―のライブは凄い、というのは2000年代に突入した頃に、熱く語られ始めていた。何しろあれだけ歌い踊りまくって、すさまじく汗をかいても、表情は常に笑顔で爽やかなのだ。ファンとアーティストが一体となってその世界を共有する、理想的な関係にあることがわかる。彼のステージを一度でも体感してしまったら、どうしても誰かにその魅力を語らずにはいられない。ミッチーの愛を一度浴びてしまったら、その魔力にもはや引き返すことはできないのだ。
(文=馬飼野元宏)

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馬飼野元宏

音楽ライター。『レコード・コレクターズ』誌などのほかCDライナーに寄稿多数。主な監修書に『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド』『昭和歌謡職業作曲家ガイド』(ともにシンコーミュージック)など。近刊に、構成を担当した『ヒット曲の料理人・編曲家 萩田光雄の時代』『同 編曲家 船山基紀の時代』(ともにリットーミュージック)がある。歌謡ポップスチャンネル『しゃべくりDJ ミュージックアワー!』ではコメンテーターを担当した。

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