作曲家・タケカワユキヒデとゴダイゴ『OUR DECADE』のこと

2021.04.07スージー鈴木

『タケカワユキヒデCONCERT'88 東京郵便貯金ホール』が、4月11日(日)の夜、歌謡ポップスチャンネルで放送される。ゴダイゴの解散から3年経った1988年、若々しくチャーミングな(という表現は妙だが、まさにそんな感じ)タケカワユキヒデの姿が堪能出来る。

この原稿を書くために、番組映像を見た。タケカワユキヒデの快活な姿を見ながら思い出したのは、ゴダイゴのあるアルバムのことである。もう少し言葉を重ねるならば、私の人生を決定付けた、つまり私の人生で最も重要なアルバムのことだ。

そのアルバムの名は――ゴダイゴ『OUR DECADE』。1979年6月25日発売。

当時私は、大阪の街外れに住む中学1年生。谷村新司や笑福亭鶴光の深夜ラジオばかり聴いて、勉強がはかどらない息子を焚き付けるために、母親が「中間テストが終わったら、好きなLP1枚買(こ)うてええから、勉強しいや」とニンジンをぶら下げて来た。

中1の1学期の中間テスト、つまり人生初の定期試験を終え、母親からの軍資金を得て、私が買ったのが、当時人気絶頂、ゴダイゴの最新アルバム『OUR DECADE』だったのだ。もちろん、生まれて初めて自分の意志で買ったアルバムだ。

「1978年のアリス」を継いで、音楽シーンを席巻した「1979年のゴダイゴ」(その詳細は拙著『1979年の歌謡曲』-彩流社-を読まれたい)。だから、アルバムの選択に、あまり深い考えなどなかった。「あの『ガンダーラ』『ビューティフル・ネーム』のゴダイゴが放つ最新アルバム」という程度の認識だった。

中間テストが明けた午後、2,500円を握り締めて、近所のレコード屋で手に取った『OUR DECADE』。「新らしい時代と世代におくるウォーム・メッセージ」という、帯に書かれた観念的なコピーが気になったが、迷うことなく即買いして、ターンテーブルに乗せた――。

驚いた。

まずは全編英語の歌詞だったことに驚き、さらには「1970年代」という時代を批評した、言わばコンセプト・アルバムということにも驚いた。さすがに中1にとって「1970年代批評」はハードルが高かったが、それでも、時代は「第2次オイルショック」の真っ最中。「1970年代はバラ色のエンディングを迎えていない」ということは、中1の身でも分かっていた。

と、メッセージとしては、ハードルが高かった『OUR DECADE』。しかしこのアルバムが、当時の私をぐんぐんと喚起したのは、その音によって、である。「1970年代批評」×英語という噛み砕きにくいメッセージが、ポップかつプログレッシブな抜群の演奏力に乗ることで、中1の少年の体内に染み渡っていく。

今、あらためてクレジットを見ると、編曲は全曲ミッキー吉野なのだが(今風に言えば「神アレンジ」)、作曲はミッキー吉野とタケカワユキヒデで分担している。ここで示しておきたいのは「作曲家・タケカワユキヒデ」の功績である。

ゴダイゴの音楽的功績は、ミッキー吉野を通じて語られることが多く、それは間違ってはいない。しかし『ガンダーラ』も『ビューティフル・ネーム』も『銀河鉄道999』も、ゴダイゴのいわゆるヒットシングルの作曲は、おしなべてタケカワユキヒデが担当している。

また、『OUR DECADE』においても、『PROGRESS AND HARMONY』『THE SUN IS SETTING ON THE WEST』『WHERE'LL WE GO FROM NOW(はるかな旅へ)』など、比較的ポップな曲のメロディーが、タケカワユキヒデの手によるものだ。

ミッキー吉野著『ミッキー吉野の人生(たび)の友だち』(シンコーミュージック・エンタテイメント)によれば、タケカワユキヒデという人は、そもそも英語で歌いたい人=日本語で歌いたくなかった人だったようで、それゆえに、作曲家としても、英語の歌詞が引き立つメロディーを作る資質がある。

『OUR DECADE』では、そんな「タケカワユキヒデ英語メロディー」の流麗さが極まっている。

1曲挙げるとすれば『THE SUN IS SETTING ON THE WEST』だろう。「太陽は西に落ちて、東から昇る」と歌う、西洋合理主義の終焉~東洋思想の勃興をテーマとした曲なのだが、そんなハードなテーマをくるむセンチメンタルなメロディーが抜群で、ミッキー吉野によるアコースティックなアレンジも絡まって、このアルバムを代表する1曲になっている。

余談となるが、この『THE SUN IS SETTING ON THE WEST』は、山田太一脚本のNHKドラマ『男たちの旅路』シリーズの傑作=『車輪の一歩』(79年)で流れたもの。この曲をバックに、車椅子の少女(斉藤とも子)が、駅前で助けを求めるエンディングが忘れられない。

『OUR DECADE』を起点として、中1の私の前に、2つの道が広がった。1つは邦楽だ。ゴダイゴを起点として、「ニューミュージック」へ、そして、YMO、サザン、達郎、ユーミンへ。

そしてもう1つは洋楽だ。『OUR DECADE』の「タケカワユキヒデ英語メロディー」を起点として、「大人の世界」だと思っていた洋楽がぐっと近くなった。そして私は、あの4人組による、林檎のレーベルが貼り付けられた、おびただしい数のレコードを買い集めることとなる。

すべては『OUR DECADE』から始まった。すべては『OUR DECADE』のタケカワユキヒデから始まった。そのことは、『車輪の一歩』のエンディング同様、忘れられない。1日たりとも、忘れたことはない。

(文=スージー鈴木)

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スージー鈴木

1966年11月26日生まれ、大阪府出身。音楽評論家にして、野球評論家でもある稀有な存在。大学在学中に“スージー鈴木”名義でラジオデビュー。その後もラジオ出演や執筆活動を精力的にこなす。著作に『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮社)、『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲の解放区』(KADOKAWA)、『80年代音楽解体新書』(彩流社)など多数。BS放送『ザ・カセットテープ・ミュージック』(BS12 トゥエルビ)にレギュラー出演中。千葉ロッテマリーンズの熱烈なファンとしても知られている。 

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