昭和の高度成長期に数多く制作された「歌謡映画」の中から選りすぐりの3作を放送

2020.08.13なかざわひでゆき

 かつて、1950~70年代半ばの日本映画界には「歌謡映画」と呼ばれるジャンルが存在した。読んで字のごとく、歌謡曲の映画版。要するに、流行りの歌謡曲をモチーフに映画を作るという「企画物」だ。中でも、その最盛期は60年代。当時の日本は高度経済成長期の真っ只中で、映画界にも歌謡界にも勢いがあった。松竹や日活、東宝など各社が競って歌謡映画を制作。憧れの銀幕スターと流行歌手がスクリーンを華やかに彩り、誰もが口ずさめるお馴染みのメロディーが流れてくる。当時の一般大衆が映画館に押し寄せたのも無理はなかろう。

そうした中から、8月に歌謡ポップスチャンネルで放送されるのが「昭和青春歌謡映画」の3本。石原裕次郎や小林旭、吉永小百合などの“歌う映画スター”を多数擁し、『太陽の季節』(56年)や『キューポラのある街』(62年)などの青春映画で一世を風靡した日活らしい企画シリーズと言えるだろう。特に今回セレクトされた3本は、いずれも64年の東京オリンピックを目前に控えた日本の世相と若者像を今に伝えてくれる作品ばかりだ。

まずは、吉永小百合に浜田光男、高橋英樹という当時の若手青春スター“日活グリーンライン”を揃えた62年制作の『上を向いて歩こう』(1日(土)よる7:00~ほか)。ご存じ、前年に大ヒットした坂本九の同名代表曲をモチーフとし、その坂本自身が浜田光男とダブル主演を務める作品だ。2人が演じるのは少年鑑別所を脱走した天涯孤独の親友同士。不良少年たちを更生させている運送会社社長に拾われた坂本は、他者からの思いやりや人情に触れることで自分自身に価値を見出していくが、その一方で、先輩を頼ってジャズ喫茶に身を寄せた浜田は音楽に情熱を捧げるも、世間の過酷な荒波に揉まれて追い詰められていく。

そこへ、養女としての孤独を秘めながらも前向きな社長の娘・吉永小百合、妾の息子という出生に強いコンプレックスを持つ若者・高橋英樹が絡みつつ、人生に迷い愛情に飢えた若者たちが、時として互いを傷つけながらも手を取り合い、やがて上を向いて歩いていくことになる。劇中では坂本が「あの娘の名前はなんてんかな」を歌い、ラストは出演者全員で「上を向いて歩こう」を大合唱。同曲が「SUKIYAKI」のタイトルで全米チャート1位を獲得するのは翌63年のことになる。

続いて橋幸夫と吉永小百合の同名デュエット・ヒットを映画化した62年制作、63年公開の『いつでも夢を』(8日(土)よる7:00~ほか)。こちらも橋と吉永に加えて、浜田光男に松原智恵子という“日活グリーンライン”が揃う。舞台は東京下町の工場地帯。町医者の父親を看護婦として支える吉永、家出した父親の代わりに工場で働いて家計を助ける浜田、同じく家族のために病弱な体を押して工場で働く松原など、それぞれに事情を抱えた貧しい若者たちが、夜間高校で学びながらより良い生活を目指すものの、貧困や就職差別、過酷な労働環境などの現実にぶち当たっていく。そんな彼らを見守るのが、橋幸夫演じる喧嘩っ早くて気風の良いトラック運転手だ。

劇中では主題歌「いつでも夢を」が使用されているほか、橋幸夫が「潮来笠」や「おけさ唄えば」「若いやつ」などのヒット曲を披露。吉永と浜田の2人も、それぞれ「寒い朝」に「町の並木路」という自身の持ち歌を歌っている。「寒い朝」はもともと吉永主演の映画『赤い蕾と白い花』(62年)の主題歌だったが、本作では夜間高校の仲間たちと夜道を歩きながらみんなで一緒に歌う光景がとても印象的である。

そして、最後は64年制作の『東京五輪音頭』(15日(土)よる7:00~ほか)。三波春夫を筆頭に橋幸夫や坂本九、三橋美智也に藤山一郎など数多くの大物歌手たちが競作した東京オリンピックのテーマソングだが、本作はその中で最も売れた三波春夫版をモチーフとしている。物語はいたってシンプル。家業である青果問屋の仕事を助けながら大学へ通う十朱幸代が、山内賢や和田浩二、山本陽子ら友人に励まされつつ、頑固な祖父の反対を押し切ってオリンピックの水泳競技出場を目指す。

で、そんな青春スポ根ドラマに三波春夫の出番があるのか?と思ったら、歌手・三波春夫にソックリな寿司屋の店主として登場。終盤では三波春夫本人としてステージに立ち、「俵星玄蕃」や「風の信州路」を披露しつつ、ラストは大勢の踊り手に囲まれながら「東京五輪音頭」を歌って大団円となる。作曲者の古賀政男も指揮者として顔を見せているので要注目だ。

それにしても、歌は世につれ、世は歌につれ。はたまた映画は時代を映す鏡とも言われるが、これらの歌謡映画を見ていると、高度経済成長期とはいえ、当時の日本の庶民生活はまだまだ貧しく、若者たちを取り囲む環境もかなり厳しかったことがよく分かる。特に、『上を向いて歩こう』と『いつでも夢を』で描かれる青春群像はかなりハード。家庭の貧困や社会的な差別など本人の努力だけでは解決できない問題が、前途ある若者たちの肩に重くのしかかる。

それでも救われるのは、たとえ彼らが転んだり躓(つまづ)いたりしても、手を差し伸べてくれる大人たちの存在だ。決して正論で一刀両断などしない。大人が実に大人らしい。若者たちだっていつまでもくよくよせず、みんなが辛くて悲しいと分かっているからこそ、お互いに肩を組んで前向きに助け合っていく。そこには、今は苦しくても未来は必ず良くなる、きっといつか夢は叶うと信じられる、絵空事ではない確かな「希望」があるのだ。振り返って、現在の日本はどうだろうか、我々はこの半世紀余りで何を失い何を得たのか、そんなことも考えさせられる。
(文=なかざわひでゆき)

shouwa

なかざわひでゆき

1968年生まれ。旧ソ連・モスクワ育ち。日本大学芸術学部映画学科卒、同大学院卒。’91年より映画・海外ドラマのライターとして活動。雑誌「スカパー!TVガイドBS+CS」(東京ニュース通信社刊)のコラム「映画女優LOVE」を20年近く担当しているほか、紙媒体・ウェブで幅広く執筆中。著書には「ホラー映画クロニクル」(扶桑社刊)、「アメリカンTVドラマ50年」(共同通信社刊)など。ハリウッドなど海外撮影現場の取材経験も多数。

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