奥田民生――その大声ボーカルの魅力について

2020.06.12スージー鈴木

作詞家、作曲家、編曲家としても大きな功績を残してきた奥田民生だが、彼の才能の中で、もっとも突出しているのはボーカルだと、個人的には思っている。

とても優秀なボーカリストだと思うし、「歌が上手い」とも思う。ただ、世の中的に俗に言われる「歌の上手さ」に対して、奥田民生のボーカルは、少しばかり、ねじれの位置にある。

私が感じる奥田民生ボーカルの魅力は、その「声量」にある。平たく言えば「声がデカい」。だから素晴らしいと考えるのだ。

ユニコーン時代より、思い入れをもって、奥田民生のボーカルを聴いているが、その大声ボーカルの魅力に気付いたのは比較的最近で(と言っても15年前)、2005年にリリースされたDVD『奥田民生 ひとり股旅スペシャル@広島市民球場』を見たときである。

フォークギター一本による弾き語りライブを、何と広島市民球場(当時のカープの本拠地)で敢行するという企画自体がまずすごいのだが、その中で披露された、吉田拓郎『唇をかみしめて』と矢野顕子『ラーメンたべたい』のカバーが、とにかく良かったのだ。

シンプルな演奏の上にむき出しとなる、奥田民生の大声ボーカル。「これ、マイク無くても、球場全体に行き渡るんじゃないか」と思わせるほどの。

音程とか、音域とか、表現力とか、ボーカル力を測る指標は色々とあるが、「ロックボーカリストは、まず声がデカくなければならない」と、ここは誤解を怖れず言い切ってしまいたい。まさにこの点において、奥田民生は、日本ロックボーカル界の最高峰に位置する。

1992年に発売された『奥田民生ショウ』(ソニー・マガジンズ)という本に、奥田民生のご両親へのインタビューが載っている。それによれば、声が大きいのはご両親譲りだったらしく、父親・幹二さんはこう語る。

「この人(註:奥田民生の母親のこと)、家ん中おるとすごいですよ。しょっちゅう歌いよる。そういうとこ似たんでしょうねぇ。小さいときから酒飲むようなところにも連れていったけど、そこでふたり(註:母親と息子=奥田民生)が大きい声で歌ってねぇ」

昭和40年代の広島の居酒屋で、母親と一緒に大声で歌う民生少年。歌うは尾崎紀世彦『また逢う日まで』。周囲の酔客は迷惑がるも、徐々に、その見事な大声ユニゾンに乗ってきて、「はよう次歌ってくれえ」「調子がええのう」「店が明るうなるわい」と盛り上がり、最後は全員で「♪ふたりでドアをしめて~!」と大合唱――。

と、勝手に妄想してみたが、そんな大声少年・奥田民生の姿を想像するのは、とても楽しい。

またその大声が、ほとんどビブラートをかけずに発せられるのも、聴く側にとって、原始的な快感となる。言わば、余計な変化や変則的な回転無しで、ただひたすらど真ん中に投げ付けられる剛速球、それが「奥田民生大声ボーカル」の魅力だと考えるのだ。

明治維新以降の西洋音楽教育の「成果」として、オペラのような、ビブラートを過剰に効かせた歌い方が「高等」だと洗脳され続けてきた。またこれは、フォークソングや一部の演歌の影響などで、ささやくように小声で歌うことの情感が、もてはやされた時期もあったように思う。

そういう「ボーカル観」に対して、奥田民生ボーカルは対極に位置する――「デカい声でまっすぐ伸びる、カープの津田恒実のような豪速球ボーカルがええんじゃ」。

今回の『奥田民生ミュージックビデオ特集』で流れる『愛のために』『イージュー★ライダー』『さすらい』などのMVを見ても、映像よりも、まずボーカルに耳が行ってしまう。それほどまでに私は「奥田民生大声ボーカル」の常習患者なのである。

そして、その常習患者数は、決して少なくない。いや、今日も増え続けている――。

果たして、「奥田民生大声ボーカル」はどのようにして生成されたのだろうか。音楽マニアの一面も持つ奥田民生のことなので、古今東西の様々なロックボーカリストのエキスが配合され、熟成された結果と見るのだが、私が感じるのは、吉田拓郎のエキスである。

先に挙げたように、DVD『奥田民生 ひとり股旅スペシャル@広島市民球場』では吉田拓郎『唇をかみしめて』をカバーしているし、よほど気に入ったのか、2008年リリースのアルバム『BETTER SONGS OF THE YEARS』では、スタジオ盤が収録されている。

吉田拓郎のボーカルもまた、ビブラートを感じさせず、また、特に若い頃はかなりの声量だった。伝説のフェスである『第3回全日本フォークジャンボリー』(71年)では、『人間なんて』を、その大声で1時間以上もがなり続けた結果、興奮した観客が暴動を起こしたという伝説まであるくらいだ。

ここで驚くべき事実がある。奥田民生と吉田拓郎は何と、同じ広島県立広島皆実(みなみ)高校の先輩・後輩なのだ。何という巡り合わせであろうか。広島皆実高校、さしずめ「日本ロックボーカル界のPL学園」である。

(文=スージー鈴木)

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スージー鈴木

1966年11月26日生まれ、大阪府出身。音楽評論家にして、野球評論家でもある稀有な存在。大学在学中に“スージー鈴木”名義でラジオデビュー。その後もラジオ出演や執筆活動を精力的にこなす。著作に『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮社)、『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲の解放区』(KADOKAWA)、『80年代音楽解体新書』(彩流社)など多数。BS放送『ザ・カセットテープ・ミュージック』(BS12 トゥエルビ)にレギュラー出演中。千葉ロッテマリーンズの熱烈なファンとしても知られている。 

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