日本のロックのひとつの“型”を作り上げた男-矢沢永吉

2021.03.18馬飼野元宏

レジェンド級、という言葉は最近よく用いられるが、文句なしのレジェンド、日本を代表するロック・アーティストが矢沢永吉であることに、異論をはさむ者はいないだろう。

1972年、キャロルでのデビューから実に半世紀もの間、トップランナーとして日本のロック・シーンを走り続けてきた矢沢は、2年前にリリースされたアルバム『いつか、その日が来るまで…』がオリコン・アルバム・チャートで首位となり、最年長1位獲得アーティストとなり、TOP10入りしたアルバムも通算で54枚と、こちらも歴代1位のタイトル・ホルダーである。昨年はコロナ禍により中止を余儀なくされたものの、毎年行われるコンサート・ツアーは常に満員。熱狂的なファンが多いことでも知られ、ライブではお約束のように行われる観客のタオル投げが風物詩にもなっている。古希を超えて、いまだに現役バリバリのロック・アーティストなのだ。

その矢沢永吉の、若き日の姿を追ったドキュメンタリー映画『RUN&RUN』が、今回、歌謡ポップスチャンネルで放送される。この映画は1980年3月15日に全国公開され、当時の矢沢の音楽活動、ことに79年9月15日に行われたナゴヤ球場でのライブ映像を中心に、そのリハーサル風景、またふだんは滅多に見せない矢沢の私生活までを追ったものである。

この1980年は、矢沢永吉の歴史にとって、かなり重要な年であった。キャロルを解散し、ソロ・デビューしたのは1975年、78年には化粧品のCMソングとなった「時間よ止まれ」がチャート1位に輝く大ヒットを記録、同年には自伝『成りあがり』を上梓し、こちらもベストセラーとなる。そして79年のアルバム『キス・ミー・プリーズ』を最後に、ソロ・デビュー以来所属していたCBSソニーを離れ、ワーナー・パイオニアへと移籍したばかりの時期であった。映画公開の5日前、80年3月10日はワーナー移籍第1弾シングルとして「THIS IS A SONG FOR COCA-COLA」をリリース。タイトル通りコカ・コーラのCMソングであり、TBSの音楽ランキング番組『ザ・ベストテン』では、スポンサーがキリンビールであったため曲名を紹介できず、「CMソング」という表記で紹介されるという笑い話のようなことが実際に起きた。このB面となったのが、同映画の主題歌でもある「RUN&RUN」である。

矢沢のワーナーへの移籍は、当時、世界戦略を考えてのもの、と言われていた。世界的レコードメーカーであるワーナーからのリリースで、特に全米進出を視野に入れた活動をスタートさせるべく、この時期より活動拠点をアメリカ西海岸へと移し、81年8月5日には、ドゥービー・ブラザーズのボビー・ラカインドと、リトル・フィートのポール・バレアをプロデューサーに迎えた全曲英語詞のアルバム『YAZAWA』を発表。ワーナー系列のエレクトラ・アサイラム・レコードを通して全世界で発売された。矢沢とドゥービー・ブラザーズの関係はその後も続き、82年の『P.M.9』では、ドゥービーやリトル・フィートのメンバーに加え、TOTOのスティーブ・ルカサー、ジェフ・ポーカロまでが参加する豪華なサウンド・メイクのロック・アルバムとなっている。

キャロル時代からのパブリック・イメージである「暴走族のシンボル」的なキャラクターから脱却し、大人のロック・スターへの転向を図っていたのがこの時期の矢沢であった。『RUN&RUN』の劇中インタビューで、しきりと「30歳になった自分」の、その後の展開を強調していたのも、日本のロックをもう一段階アップさせたいという矢沢の強い主張を感じさせる。ソニーの最終作『キス・ミー・プリーズ』でも既に、「ルイジアンナ」や「ファンキー・モンキー・ベイビー」のような軽快なロックンロールは卒業し、渋い大人のAOR的なサウンドへと移行しつつあったことがわかるが、その世界をより強調し、バックのサウンドにも凝りまくったアルバムを制作することも、やはり30代以降のロックを視野に入れていたがゆえのことであろう。

実際、『RUN&RUN』での、ライブのリハーサルのシーンでは、矢沢の音へのこだわりが明確に記録されている。ちょっとした音の聴こえ方の差異に、鋭く指示を飛ばす矢沢の姿は、彼の表現したいロックへの、ストイックなまでのこだわりの証でもあるのだ。

また、前述の主題歌「RUN&RUN」は、アメリカの大陸を走るバスに乗る矢沢の映像のバックで流されるのだが、これが見事なまでのはまり具合で、塩辛くセクシーな矢沢のボーカルと、アメリカの風景が完璧なマッチングをみせている。ブルージーでいながら乾いた感性をもつ矢沢の楽曲は、アメリカの風土と実に合うのだ。あの当時、無謀ともいわれた全米進出であったが、矢沢が先を見据えていた風景が何であったのか、今となってはよくわかるのだ。

これに続く「トラベリン・バス」は、現在でもライブ後半の定番曲として知られるナンバーだが、ナゴヤ球場のライブで歌われる姿が映し出されるも、なんと曲の途中で熱狂したファン同士が喧嘩となり、それを矢沢がステージ上から「そこそこ、喧嘩はやめろ!」と仲裁するシーンが貴重だ。そりゃ、スーパースター矢沢永吉の言うことには従うであろう。この喧嘩のおさめ方1つとっても、パフォーマー矢沢の高いカリスマ性を感じさせるのだ。ハプニングではあるが、ファンでなくてもシビレてしまう一件である。

インタビュー映像では、とにかく金にこだわる、金持ちになるために…ということをしきりに強調するシーンもあった。この映画『RUN&RUN』は、あの自伝「成りあがり」の映像版、と捉えれば、すべて納得がいく。「成りあがり」で発言したことを今まさに、矢沢が体現していこうとしている、その記録映像なのである。もちろん若き日の矢沢の、圧巻のパフォーマンスもふんだんに収録されており、その魅力的なステージングは、一度目にしたら最後まで惚れ惚れと見続けてしまうほどの、強い吸引力をもっている。日本のロック・アーティストの、ひとつの「型」を作り上げたのが矢沢永吉であることが、この41年前の映像で証明されているのだ。

(文=馬飼野元宏)

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馬飼野元宏

音楽ライター。『レコード・コレクターズ』誌などのほかCDライナーに寄稿多数。主な監修書に『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド』『昭和歌謡職業作曲家ガイド』(ともにシンコーミュージック)など。近刊に、構成を担当した『ヒット曲の料理人・編曲家 萩田光雄の時代』『同 編曲家 船山基紀の時代』(ともにリットーミュージック)がある。歌謡ポップスチャンネル『しゃべくりDJ ミュージックアワー!』ではコメンテーターを担当した。

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