聖子のヒットソングを数多く手がけた作詞家・松本隆が試みた謎のフレーズ

2020.03.23馬飼野元宏/まかいの・もとひろ

松本隆が作詞した、松田聖子の楽曲には、時折「…これは何だ?」と耳を止めてしまう不思議なフレーズが挿入されている。もっとも気になるのは「風立ちぬ」の、「すみれ ひまわり フリージア」だろう。前後の文脈とは何の関係もないこのフレーズが歌われると、どうしてもそこだけが気になってしまう。

松田聖子は季節ごとに、その季節の中にいる主人公の心象風景を歌ってきており、「風立ちぬ」も81年10月7日にリリースされた秋向けの歌である。それなのに、春の花であるすみれ、夏の花であるひまわり、初夏の花であるフリージアが歌われるのは不思議で、この「すみれ・ひまわり・フリージア」については、ファンの間でもいろいろな憶測や推理が展開されている。

松本隆本人がラジオ番組でこの件を問われた際には「完全に無意味なフレーズ」と回答しており、「強いて言えば、らりるれろ」、つまり「ら行」の音をどこかに入れているとも。そしてこういうヒット曲は、勉強しながら、食事しながらといった具合に、何かしながら聴いていることが多いので、そこを「一回振り向かせたいなと思って」。こういったインパクトのあるフレーズを入れたのだと語っていた。聴き手が「何、今のフレーズ?」と一瞬手を止める、そうした引っかかりを作るために入れたのだそうである。

松本隆が仕掛けた、松田聖子の不可思議なフレーズはほかにもある。「小麦色のマーメイド」には「私 裸足のマーメイド」という一節が登場するが、よく考えるとマーメイド=人魚には足はない。もちろん、松本隆はわざとそういった詞を書いているのである。「瞳はダイアモンド」というタイトルも謎めいているが、これはダイアモンドのように傷ついても壊れない心を現している。この曲は歌い出しに「映画色の街」というフレーズを置いて、「映画色?」とやはり聴く者を振り向かせる効果がある。

さらに難解なのは「ピンクのモーツァルト」で、ちょっと意味深な歌詞も含め、全体がイメージの連続で構成されているような詞である。「いったいこれは何なのか?」と思わせるフレーズやタイトルによって、聴き手も松田聖子の楽曲の奥深さを感じ取ってしまうのだ。

松本隆が松田聖子に提供した詞のなかには、引っかけというより遊びに近いものも多い。例えば81年6月発売の「白いパラソル」を、当時聴いたリスナーの中には、「あれっ?」と思った人も多かっただろう。この年の爆発的ヒットとなった大滝詠一のアルバム『A LONG VACATION』に収録され、シングルでも発売された「君は天然色」の世界と似ているのだ。共通する印象的なワードは「ディンギー」。大滝が「渚を走るディンギーで 手を振る君の小指~」と歌えば、聖子は「風を切るディンギーで さらってもいいのよ」と答える。アンサーソングというよりも、「君は天然色」と「白いパラソル」は同じ登場人物が、男女それぞれの視点から同一の風景を歌っているようである。もちろん、作詞はどちらも松本だ。

同じケースが聖子の「秘密の花園」と、近藤真彦「永遠に秘密さ」にも登場する。聖子が「月灯り 青い岬に ママの目を盗んできた」と歌えば、マッチは「月灯り ため息に溺れてしまうよ」と返す。恋をときめかせるワードも聖子の「Moonlight Magic」に対しマッチの「Blue Velvet Moon」、シチュエーションも、どちらも岬の奥の入江で、お忍びデートをしている男女の歌である。これまたどちらも作詞は松本で、登場人物も同じなのだ。

この時期の松田聖子は、どんな曲を出しても必ずヒットしていた。それゆえ松本隆も、あえてヒットを狙うためのセオリーに沿って詞を作ることなく、「売れている時期だからこその冒険」を試行錯誤しながら、常に新しい松田聖子像をアップデートし続けていったのだ。聴く者を振り向かせるいくつもの仕掛けは、聖子ワールドをより豊かなものにするための「遊び心」だったと言えるのかもしれない。

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馬飼野元宏/まかいの・もとひろ

音楽ライター。『レコード・コレクターズ』誌などのほかCDライナーに寄稿多数。主な監修書に『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド』『昭和歌謡職業作曲家ガイド』(ともにシンコーミュージック)など。近刊に、構成を担当した『ヒット曲の料理人・編曲家 萩田光雄の時代』『同 編曲家 船山基紀の時代』(ともにリットーミュージック)がある。歌謡ポップスチャンネル『しゃべくりDJ ミュージックアワー!』ではコメンテーターを担当した。

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